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「与えられる喜び」から「与える喜び」へ

今回のコラムは、人生を豊かにするための考え方として、表題の通り「与えられる喜び」から「与える喜び」へというテーマで書いてみました。

人生、年齢を重ねて大人になっていくという事は、辛いことや大変なことが増えていきます。人は順応性があるため、その辛さや厳しさにも少しずつ耐性を身につけながら、その中で、うまく順応して幸せを見つけながら生きていくのだと思います。しかし、社会の中には、その厳しさに上手く順応できず幸せをうまく見いだせない人もいるのが事実です。
そうなってくると、人は「社会が悪い」、「他人が悪い」「会社が悪い」「上司が悪い」「部下がが悪い」など批判的な考え方を持ってしまいます。私は、厳しくなっていく人生の中に幸せを見出すことが出来るかは、与える喜びを実感できるかにあると思っております。

学生時代を思い起こしてみると、その時期にあった悩みといえば、恋愛の悩みや友人の悩みが大半で、今私の年齢になって思い起こしてみると、どれも些細なものではあったかと思います。又、家に帰れば温かいご飯が用意されており、雨風をしのぐ家も用意されていますし、親からお小遣いももらえて、全て与えられ守られている環境です。
これが社会に出るようになり、自立を余儀なくされ、仕事の悩みや将来の悩みなど学生時代には想像できない悩みや大変なことが増えていきます。これが社会の厳しさを知るようになる第一関門だと思います。今まで与えられていたものが、少しずつ与えられなくなり始めるときです。こうやって社会に出る事で、厳しさに対して少しずつ耐性が身についていくのだと思います。ただ、それからの人生はまだまだ厳しく大変な事は増えていきます。20代30代であればほとんどの方が親は健在でしょうから、いざというときは力になってくれるご両親がいる安心感などもあるはずです。しかし、いずれはご両親もいなくなります。むしろ、ご両親の面倒も見る側になっていきます。結婚して家庭もできれば守っていく子供もできます。そして年を重ねることで、健康や将来に対する不安も増えていきます。不安や大変なことがどんどん増えていく中、与えられるものもどんどん減っていき、与える側に変わっていかなくてはいけないのです。
与えられることでしか幸せを見いだせないのであれば、この環境の中で幸せを実感することは難しくなります。与えることでの幸せを実感できるようにならなければいけないのです。

私も独身時代は自分のことだけ考えていればよかったのですが、今では守るべき家族があります。子供は物質的なものを私に与えてくれるわけではありません。でも、子供に何かを与えることで、私は幸せな気持ちになります。自分の親に対しても、親孝行をすることで、自分が幸せな気持ちになれるのです。仕事においては患者様に対して何を与えられるか、働くスタッフに何を与えられるか、又は社会に対して何を与えられるかを考えて実現させることで、自分自身の満足度に繋がっているのだと思います。
私の立場や年齢になると、もう周りから何か物質的なものを与えられることはほとんどありません。ほとんどが与える側になります。しかし、周りに何かを与えることで私はとても幸せを実感し、幸せでいる為にも、「もっと強くなろう」、「もっと頑張ろう」とも思えるようになるのです。

ある本に「ボランティアは最高の贅沢」と書かれています。
よくハリウッドスターなどが多額の寄付をする話を聞きます。
彼らは、私たちには想像もできない収入があり、欲しいものはすべて手に入れており、手に入らないものなどは殆どないのではないかと思います。すべてを手に入れた人間が、最後にお金を使うところがボランティアなのではないかと思います。
それが「ボランティアは最高の贅沢」といわれる由縁であるのだと思います。
彼らはボランティアをして、周りに与えることで、「与える喜び」を実感することで幸福感を得ているのだと思います。

相手に何かを求めるのではなく、自分自身が周りに何を与える事が出来るのかを考え、そこに幸せを感じれるようになることが、自分自身の人生を豊かにしていく秘訣なのではないかと思います。